キリスト教映画「敬虔の奥義:続編」抜粋シーン(5)二度にわたる神様の受肉の重要性を理解する

キリスト教映画「敬虔の奥義:続編」抜粋シーン(5)二度にわたる神様の受肉の重要性を理解する

最初の受肉が十字架に磔にされたことによって、人類を贖うための働きが完結されました。終わりの日においては、2度目の受肉が神様の裁きと罰の働きの真理を表し、サタンの支配から人を完全に救います。全能神が仰るように、2度における神様の受肉は多大な重要性を持つのです。全能神が言われます。「イエスは、『言は神と共にあった。』の実体のみを満たす業の段階を行った。神の真理は神と共にあり、神の霊は肉と共にあり、神と不可分であった。つまり、受肉した神の肉は神の霊と共にあったのであり、それは受肉したイエスが最初の受肉した神であったことの大いなる証拠である。この段階の業は『言葉が受肉した』の内面的意味を満たし、『言は神と共にあった。言は神であった。』に一層深い意味を加え…」(『言葉は肉において現れる』より)

東方閃電]全能神教会は、主イエスの再臨である終わりの日のキリスト全能神の現れと働きによって創られました。当教会は、終わりの日の全能神の働きを受け入れ、神の言葉によって征服され救われるすべての人々によって成り立っています。当教会は、全能神ご自身によって全てを創られ、全能神ご自身によって導かれ牧養されています。決して人によって創られたものではありません。キリストは道であり、真理であり、いのちなのです。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば神が現れられたのを見ることができます。

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キリスト教映画「敬虔の奥義:続編」抜粋シーン(4)なぜ神様は人類を救うために二度受肉されるのか?